Q&A水俣病4:患者さんや住民は何に苦しんでいますか?


百間排水口の前にある、新潟から贈られた水俣病巡礼八十八ヶ所一番札所のお地蔵さん(撮影 番園寛也)

百間排水口の前にある、新潟から贈られた

水俣病巡礼八十八ヶ所一番札所のお地蔵さん(撮影 番園寛也)


まず病気の苦しみです。重症の場合は、著しい運動失調、構音障害、視野狭窄などをきたし、けいれん発作を繰り返しながら亡くなる人が熊本県の水俣市や周辺漁村で続々と出ました。最初、脳性まひと診断されていた子どもたちが、お母さんのお腹の中で水銀を受けた胎児性水俣病の患者であることも確認されました。寝たきりの患者さんの場合は一日中の付き添いが欠かせず、家族に重い介護負担がかかります。


初期の重症例ばかりが水俣病ではありません。国の認定基準が厳しすぎるため、今も多くの住民が水俣病認定を受けられずにいます。そして、多くの水俣病患者にみられる、頭痛、めまい、立ちくらみ、だるさ、しびれ、感覚低下などの神経症状ははためにはわかりにくいため、「ニセ患者」との誤解とも患者は闘わねばなりませんでした。


初期には伝染病との誤解で差別を受けましたが、以後もチッソが殿様のように支配する水俣で、被害を訴える患者はチッソの経営を脅かし市の繁栄を妨げる者として非難されました。漁師の家はチッソの利害には縛られませんが、漁村から患者が出ると出荷する魚の値段が下がったり売れなくなったりするため、漁協ぐるみで認定申請をしない取り決めをした地域もありました。患者は、二重三重に病気を言い出しにくい雰囲気に、押し込まれ続けたのです。


患者の果敢な闘いや裁判での勝利を通じて、地域の偏見や圧力は徐々に減っていきましたが、患者認定を申請したり裁判に参加したりするのは「補償金目当て」と見られるので、認定申請をためらう人が今もいます。


水俣は自然豊かで住民の環境意識も高い市ですが、水俣病の深刻さだけが世間に伝わると、地域に対する偏見差別も生じます。水俣の中高生が部活の対外試合に行くと「水俣病」とヤジられることも。しかし、「最近は、しっかり言い返す生徒も出てきた」とのことです。


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